| あ | 秋の幻想曲 | 箏・尺八 | 1985 | Data | |
| 曙のうた | 箏T・U・尺八 | 1972 | Data | ||
| あこがれ | 箏T・U | 1972 | Data | ||
| 朝のうた | 箏独奏 | 1995 | Data | ||
| いとたけ | 箏T・U・17絃・尺八 | 1971 | Data | ||
| 詩(うた) | 独奏箏と箏群のための | 箏独奏・箏T・U・V・17絃A・B | 1983 | Data | |
| URUMA | 箏T・U・V | 1994 | Data | ||
| URUMAU | 箏TA・B・箏UA・B・17絃・尺八 | 1994 | |||
| 越天楽変奏曲 | 箏T・U・17絃・尺八 | 1970 | |||
| 音、きらゝ | 箏T・U・17絃 | 1991 | Data | ||
| か | 楽(がく) | 箏独奏 | 1988 | Data | |
| 陽炎(かげろう) | 箏T・U | 1971 | Data | ||
| 風衣 | 箏・17絃 | 1985 | Data | ||
| 風の歌 | 箏・尺八 | 1970 | Data | ||
| 彼方へ | 箏独奏 | 1991 | Data | ||
| 枯野砧 | 箏・17絃・尺八 | 1973 | Data | ||
| 砧三章 | 箏T・U・17絃 | 1962 | Data | ||
| 君が代変奏曲 | 箏T・U・17絃・尺八 | 1970 | |||
| 協奏的一楽章 | 尺八・箏・十七絃による | 箏・17絃・尺八T・U | 1990 | Data | |
| 銀河 | 箏・三絃 | 1984 | Data | ||
| 金襴 | 箏T・U | 1984 | Data | ||
| 黒田節による幻想曲 | 箏独奏・箏T・U・17絃・尺八 | 1957 | Data | ||
| 皎々(こうこう) | 箏独奏のための | 箏独奏 | 1992 | Data | |
| 五節(ごせち)の舞 | 箏・17絃T・U | 1985 | Data | ||
| 響(こだま) | 箏T・U | 1994 | Data | ||
| 古典的嬉遊曲 | 箏T・U・三弦・尺八 | 1968 | Data | ||
| 箏うた | 箏T・U・17絃・尺八・唄 | 1972 | |||
| 箏四重奏曲 | 箏T・U・V・17絃 | 1973 | Data | ||
| 箏によせる変奏曲 | 箏独奏 | 1995 | Data | ||
| さ | 囀り(さえずり) | 箏T・U | 1984 | Data | |
| 讃歌 | 箏独奏 | 1978 | Data | ||
| 三絲遊奏 | 三絃T独奏・U独奏・三絃T群・U群 | 1991 | Data | ||
| 四季の日々 | 組曲 春の日・夏の日・秋の日・冬の日 |
箏T・U | 1986 | Data | |
| 誦(しょう) | 三絃独奏 | 1985 | Data | ||
| 情景三章 | 箏独奏 | 1969 | Data | ||
| 上弦の曲 | 箏・尺八 | 1979 | Data | ||
| 調べ三章 | 箏独奏のための | 箏独奏 | 1989 | Data | |
| 砂絵 | 箏T・U | 1972 | Data | ||
| 石筍 | 箏独奏・箏T・U・17絃弦独奏・17絃 | 1966 | Data | ||
| 装画 | 尺八・箏・十七絃による | 箏T・U・17絃・尺八T・U | 1977 | Data | |
| そう々の調べ | 十七絃独奏のための | 17絃独奏 | 1983 | Data | |
| そして秋 | 箏独奏 | 1996 | |||
| た | 鷹 | 箏T・U | 1972 | Data | |
| だちゅら | 箏T・U・17絃 | 1985 | Data | ||
| 戯(たわれ) | 三絃T・U | 1984 | Data | ||
| 小さな影 | 箏T・U | 1985 | Data | ||
| 小さな春 | 箏独奏 | 1976 | Data | ||
| 千鳥幻想 | 箏・17絃 | 1980 | Data | ||
| つち人形 | 箏T・U | 1972 | Data | ||
| 翼にのって | 箏独奏 | 1986 | Data | ||
| 連なる | 17絃独奏・箏TA・B・箏UA・B | 1980 | Data | ||
| TSURUKAME | 箏と三絃のための | 箏・三絃 | 1992 | Data | |
| DUO三態 | 箏・三絃・17絃 | 1990 | Data | ||
| 展 | 箏のための | 箏T・U・V・17絃T・U | 1990 | Data | |
| 斗為巾 | Kのための | 箏T・U・17絃 | 1991 | Data | |
| 道化師 | 箏・17絃・尺八 | 1958 | Data | ||
| 動と静の影 | 箏T・U・三絃 | 1959 | Data | ||
| 鳥のように | 箏独奏 | 1985 | Data | ||
| な | 鳴き砂よ | ヴァイオリンと箏のための | 箏・ヴァイオリン | 1983 | Data |
| 夏色の風景 | 箏T・U・17絃 | 1991 | Data | ||
| 日本の三つの唄 | さくらさくら・数え唄・お江戸日本橋 | 箏T・U | 1971 | Data | |
| は | 華(はな) | 箏・尺八 | 1976 | Data | |
| 花筏 | 箏T・U | 1960 | Data | ||
| 華になる | 十七絃独奏のために | 17絃独奏 | 1988 | Data | |
| 翔き(はばたき) | 箏独奏 | 1990 | Data | ||
| 遙かなものへ | 三絃独奏 | 1995 | |||
| 春の如く | 箏・尺八 | 1981 | Data | ||
| 光る海 | 箏T・U | 1968 | Data | ||
| 百花譜(春・夏・秋・冬) | 箏と十七絃による | 箏・17絃 | 1983 | Data | |
| ファンタジア | 箏のための小協奏曲 | 箏独奏・箏T・U・V・17絃 | 1970 | Data | |
| 二つの群のために | 箏17絃独奏・箏T・U・V・17絃T・U | 1976 | Data | ||
| 二つの変奏曲 | さくらと荒城の月による | 箏独奏 | 1971 | Data | |
| 火垂る(ほたる) | 十七絃独奏による | 17絃独奏 | 1980 | Data | |
| 火垂るU | 箏独奏のための | 箏独奏 | 1980 | Data | |
| 火垂るV | 箏・17絃・打楽器 | 1982 | |||
| 焔(ほむら) | 独奏十七絃と箏群のための | 17絃独奏・箏 | 1979 | Data | |
| ま | 曼珠沙華(まんじゅしゃか) | 箏独奏 | 1986 | Data | |
| 水の声 | 箏と十七絃による | 箏・17絃 | 1982 | Data | |
| 三つのパラフレーズ | 箏T・U | 1973 | Data | ||
| 南の風、東の風 | 三絃TA・B・UA・B | 1992 | Data | ||
| 水面(みずも) | 箏T・U | 1957 | Data | ||
| MOVEMENT | 十七絃独奏のための | 17絃独奏 | 1983 | Data | |
| 六ッの詩 | (森によせて) | 17絃独奏 | 1995 | Data | |
| めぐりめぐる | 17絃T・U | 1991 | Data | ||
| 文字絵 | 尺八・箏・十七絃による | 箏T・U・17絃・尺八 | 1971 | Data | |
| 物は尽くし | 17絃・三絃・唄 | 1988 | Data | ||
| や | 矢車 | 箏独奏・箏T・U・17絃 | 1967 | Data | |
| 雪ものがたり | 箏・17絃・尺八 | 1954 | Data | ||
| ゆれる秋 | 箏独奏・唄 | 1980 | Data | ||
| 甦る五つの歌 | 箏独奏 | 1979 | Data | ||
| ら | 螺鈿(らでん) | 箏T・U・17絃 | 1960 | Data | |
| 濫(らん) | 三絃独奏 | 1986 | Data | ||
| 六花幻想 | 箏独奏 | 1987 | Data | ||
| 連山 | 尺八二重奏曲 | 尺八T・U | 1969 | Data | |
| わ | 若葉に | 箏独奏 | 1987 | Data |
| 秋の幻想曲 AKI NO GENSOUKYOKU | |
| 四季のうちで最も詩的な秋は、音楽的にも想像力を豊かにさせる。 野を渡る風の声、すだく虫の声々は秋を歌い。自然さえ音楽で満たされる。 しかし都会に住み慌ただしい日々を過ごしていると、いつの間にかそれらの 風景も歌も忘れてしまって、ふと心の乾きを感じることもある。そこで記憶の 底から秋を拾う。箏と尺八の音に心を託し、秋に思いを馳せ、拾っては紡ぐ秋。 1985年作曲 (11分) [横山康子委嘱] | |
| 曙のうた AKEBONO NO UTA | |
| この曲は可成り描写的な要素を持ち、尺八が夜明けの美しさを歌いあ げるなかで、2面の箏は鳥の囀り、漂う雲、太陽の輝き、と朝の情景を追いなが ら変化し、メルヘンの幕開けのように、暖かく甘美な世界を展開していく。表向 きは2面の箏と尺八の三重奏曲の型をとっているが、実際には2面の箏は一体化し ているので、箏と尺八の二重奏曲と解釈することが出来る。1972年作曲 (7分) | |
| あこがれ AKOGARE | |
| 私の作品では陰旋法を基調にしたものが多く、この題名の“あこがれ”は、 陽旋法を巧く使いこなしてみたいということへの一種の憧れから附けたものです。 1972年2月作曲 (8分) | |
| 朝のうた ASANOUTA | |
| 一日の始まりである朝、人の人生の旅立ちの時にも似た朝、それは清々 しく希望に満ちたものでありたい。人は生きることの中で、苦しみ、哀しみをく り返し、そしてそれと戦い、時として喜びの朝を迎える。“朝のうた”それは、そ うした人々の生きることへの讃歌。 樋熊きみ子委嘱 | |
| いとたけ ITOTAKE | |
| 題名の“いとたけ”は、いと(箏)とたけ(尺八)の合奏という意味 から名附けたもので、この曲の内容を表現する為の表題ではない。箏と 尺八の合奏の場合、一般的にみて箏がリズムを、尺八が旋律を受け持つ傾向 が多いが、この曲では、その扱いを双方同じ角度から捉えている。従って尺八 の場合、やや演奏しにくい点がみられる個所がある様だ。箏については 、押手を少なくして合奏を容易にする為、ディアトニック調絃を 使用してみた。1971年作曲。 (8分) | |
| 詩 独奏箏と箏群のための UTA | |
| この曲を書く何ヶ月か前、私は石牟礼道子史の「椿の海の記」 という自伝形式の小説を読みました。読み進むにつれ、その文章のあまり の美しさに手放すことが出来ず、暫くは地方への旅にも必ず持ち歩いて いました。その美しさは、第一章の始まりから、己に読む人の魂を、や さしさの限りをもって誘いだし、そして誘い出された魂は、そこに書か れた情景の中を、感動と、心地良さのうちに漂いはじめるのです。また 、この本の終りに大岡信氏によって書かれた解説の文体も素晴らしく、 本文に寄り添うようにそえられております。その中に次のような一節が ありました。「─さながら一編の散文詩といっていい。しかし、ここに あるのは、生気にみちた写実的描写であって、それ以上でも、以下でもな い。それがつまり「詩」の実質であった。」そして私はこの「詩」を“う た”とよんで、この曲のタイトル借用しました1983年9月作曲。 | |
| URUMA | |
| 「うるま」が琉球をさす言葉として使われ始めたのは今から四 百年前のことらしい。本土でも「うるま」を琉球とする考えが一般的であ ったようだが、後になって「うるま」は琉球ではなく新羅の「属島」であ ることの解釈が生れたり、「徳之島」がそうだとか、否それは「台湾」だ 。という説もあるというのを何かの本で読んだことがある。が思えば、そ れは人々の心に描かれた幻の島であったのかもしれない。人はその幻の島 にどんな想いを馳せたのであろうか、また島は何を人々に語ったのだろう か。1994年作曲。 | |
| 音・きらゝ OTOKIRARA | |
| 子供の頃、万華鏡の不思議さに魅せられた想いが懐かしい。 中学生になって、その種明かしが、三角形に張り合わせた鏡の筒の 底に、色ガラスの屑が散らばっているだけだと知ってからも、あの 鮮やかな色彩と、思いもかけぬ図柄の変化に一種の幻覚を見るよう で、ときめきにも似た興奮を覚えていた。覗き口とは反対側の明り 取りから入る光を加減することによって変わる色あいも楽しいし、 筒を廻す時に、ガラスの屑が触れ合って出る微かな響きも耳に心地いい。 この曲の最初の部分は、その響きの印象から始まるが、各パートは、 八分、三連、五連音符と、それぞれ同じ枠の中で同時に働くため、 そこに生じる リズムのづれが意外な音のひろがりを見せていく。1991年作曲。(10分) | |
| 楽 (がく) GAKU | |
| 一.無窮動 二.変奏曲 三.輪舞(ロンド) 青々とこまかき若葉 樹々に萌え 楽々と 春は行く 音を楽しむ、リズムを楽しむ、流れるように蕩うように、そして踊るように、 音楽は美しく、やさしく、時には激情に揺れて体内を駆けぬける。1988年12月作曲。(10分) [沢井箏曲院10周年記念曲] |
|
| 陽炎 KAGEROU | |
| 四小節の序奏のあとは二つの箏にそれぞれ現れるテーマをはじめ、そこから派 生したさまざまな音型が陽炎のゆれ、日光のきらめき、そしてそこはかとない感じ を美しく描いている。特にきまった形式感はないが、最初に現れているテーマがさ まざまに変化して見えつ隠れつ、結局、全体的に流れているのが特色である。1971年4月作曲。 (10分) | |
| 風衣 KAZAGOROMO | |
| 岡谷市在住の写真家田中廣氏の委嘱による作品で、氏の風 のシリーズ三部作のしめくくり 写真集「風衣」─箏曲のあけぼの─の出版に寄せたものである。 この写真集は73曲の箏曲に取材されており、箏曲の歴史とその 発展に思を馳せて完成 されたもので、その映像の一つ一つには限りない箏曲への愛情 が溢れている。1985年10月作曲。(10分) [田中廣委嘱] | |
| 風の歌 KAZE NO UTA | |
| 風と、それに吹かれる人の心との対話風な作品で、演奏には箏、 尺八共に豊かな音楽性が要求される。 特に後半に表れる尺八、箏それぞれのカデンツァは、演奏者の自由 な解釈によるファンタジックな詩として 生まれてくる事を希んでいる。1970年6月作曲。 | |
| 彼方へ KANATAE | |
| この曲では、箏の演奏としては避けたほうが賢明であろう、いや、 まづ避けるべき技法が曲の始まりから連続して現れる。 箏という楽器の構造からいって、複数の同じ弦をかなり のスピードで左右交互に弾くことは、右手で弾いた音を左手が、 左手が弾いた音を右手が、お互いに潰し合う結果、濁った音のかたま りになりやすい。しかし演奏上のテクニックが巧く行きさえすれば、ひ ょっとして、そこからスタッカート効果をともなった新しい箏の音を引き出 す可能性があるかもしれない。と、迷いに迷った末、第一回目のリサ イタルから今日迄、の十五年間に培われた倉内さんの音楽が演奏の上で、 その壁を超えることを期待して、敢えて冒険にのりだしてみた。 曲全体は三つの部分から成り、最初の部分は先に述べたスタッカート効果を狙った速 いパッツセージが全体を支配していく。そして次の部分に移ると比較的自由なテ ンポでゆったりとオブリガード風な流れを創っていくが、最後の部 分で再び速いテンポを取りもどり、箏特有の“押し手”の技法をふんだんに 使った華やか音の動きを展開して終わる。 この冒険の彼方の音楽はどんな色を私に見せてくれるだろう、楽 しみでもあり不安でもある。1991年作曲。(10分)[倉内里仁委嘱] | |
| 枯野砧 KARENOKINUTA | |
| めぐり来る、三年の秋の枯野原。
人目も草も枯れがれの、忘らるる身のあわれさよ。風の行方の便りさえ、
音信もなき淋しさに、ただ秋風の身にぞしむ。
着つつなれにし小夜衣、八千代とかけし行末の、妹背の契り深み川、濡れし想いの手.
枕も、今は涙にうきしずみ、かいなき夜のものうさよ。
風よ風。ふるさとにひとり待つ、わがしのび音に、
音に、かなしき歌をや、歌いてよ。
我れはただ、つめたき砧を打ちつづけ、情なき人に知らせばや.
都辺にこそとどきしか、人の心にとどきしか、
声も枯野の虫の音の乱るる草の露涙。うたかたの、あはれはかなき身の行方かな。 原曲は舞地として、唄、三弦、箏、十七弦、尺八の編成で作曲されたが、 後になって三弦による弾き唄いの形式に改定された。1973年7月作曲。 (16分) |
|
| 砧三章 KINUTASANSHOU | |
| 第一章と第三章は砧地をとり入れながら、 リズムの絡みと流れを軽快に表現していきますが、 間に挟まった二章では、謡曲「砧」をテーマに置いて、 秋の終りの寒々とした季節感、三連音による虫の声等、 ドラマチックな表現が演奏者に要求されています。 (10分) | |
| 協奏的一楽章 KYOSOTEKI ICHIGAKUSYO | |
| この曲は基本的には尺八二部、箏、十七弦による四重奏曲として 書かれているが、尺八に限っては第一、第二尺八共に奏者の人数が 多い方が望ましい。箏の激しいトレモロに始まる導入部に続いては、 尺八のデュオ風な進行が中心となった部分が暫く展開されるが、 やがて十七弦のソロを経て箏を中心とした軽快な掛け合いの部 へと発展していく。1990年3月作曲。(11分) [沢井箏曲院創立10周年記念曲] | |
| 銀河 GINGA | |
| 箏は日本のハープなどとよく言われるが、私はこの表現を好まない。 しかし、楽器の構造上、音色的には非常に近いことは事実である。そ れにも拘わらず、そこから求める音楽の方向がまるで違うのは、 その楽器を育てた人々の生活の違いであって、例えばそれは洋舞にお ける空を翔けるような表現と、日舞の大地に根をはったような舞いかた の違いとも共通するものであろう。そんなことを考えながらも、しかし この曲では箏にハープ的な表現を意識的に与え、三弦には対照的に土俗的 な性格を持たせてみた。二つの非常に違った世界の組み合せである。1984年8月作曲。 | |
| 金襴 KINRAN | |
| 金襴というと、誰しも“金襴緞子の帯しめながら・・・” というちょっともの悲しいような、美しい童謡の「花嫁人形」 を想いうかべることでしょう。この曲はその童謡をもとにした ものではないのですが、箏の音は、錦に金糸を浮きあがらせた 金襴の華やかな美しさと融けあうにはぴったりのようです。そ して金襴緞子の花嫁姿の優美さは、いつの時代にも若い女性の夢 ではないでしょうか。1984年12月作曲。 (6分) | |
| 黒田節による幻想曲 KURODABUSHI GENSOUKYOKU | |
| この曲は私が芸大に在籍中の1957年に書いたもので、 新日本音楽時代の華やいだ雰囲気を持たせた曲です。作曲 の動機は、今でも大変に好きな曲のひとつである宮城道 雄先生の「越天楽変奏曲」が、胡弓や洋楽系の楽器など 大きな編成が必要とされる事から、もう少し小編成で合奏の 面白さを発揮できる曲を、と考えたことでした。 初演当時この曲は尺八のパートは無く、後に尺八を加えると いう経過で現在の形となったものです。1957年作曲。 (13分) | |
| 皎ゝ KOUKOU | |
| 曲は「急」「緩」「急」の三つの章から成るが、それ 等総てが琉球旋法を基に創作した五音階に統一され、続け て演奏出来るように書かれている。始まりの「急」の部分は 、掬い爪と、上下スケールを組み合わせることにより、ダイナ ミックな音のうねりを得ることに重点を置いた短い章。またこ こでは、押し手による瞬間的な転調の面白さもねらっている。 次にくる「緩」の部分は、重音のトレモロによる奏法が中心と なっており、それは重厚な音の響きと、豊かな音の暖かさを物語 る。そして三章にあたる「急」の部分は、オクターヴによる跳躍 を多用して、躍動感を持たせているが、通常の箏の奏法による低 い音から高い音に移るオクターヴ奏法とは逆の高い音から低い音 へ向って動く奏法を使用しているので、演奏上少々つらい面があ りそうだ。1992年作曲。(9分) | |
| 五節の舞 GOSECHINOMAI | |
| 豊明節会に演じられた五節の舞は、天武天皇が吉野離
宮で琴を奏された折に、天女が羽衣の袖を五度ひるがえし
て舞うさまを見られたことに始まったといわれる。私はそ
の幻想的な情景に魅かれる。そしてここにタイトルとして拝
借した。しかしこの曲の内容としては、五節の舞の故事その
ものというより、やはりその神話ともいえる幻の部分を、私
の心は彷徨しているのである。 曲は二面の十七弦のエネルギーの爆発によって始まり、 そこから古典風な韻を持った箏がひっそりと誕生する。そ の韻は二面の十七弦を誘い、次第に激しく舞踏へと発展し ていく。1984年12月作曲。(13分) [香田律子委嘱] |
|
| 響 KODAMA | |
| 我が家の居間に、以前アメリカに演奏旅行した折、 買い求めた五本の太いパイプを持ったチャイムがある。時折 軽く揺らしてみると、あたりの空気が一瞬に色が変ったと思え るほど、美しく澄んだ音がいっぱいに広がる。又説明書 には、「このチャイムの音階はギリシャや日本の音楽に使われ ている」とある、エッと思ってパイプを一本づつ鳴らしてみる と、成程日本の都節音階、箏の平調子になっている。平調子 がこんなに美しく響くとは、迂濶なことに、今まで気がつか なかった。そして私の中では平調子の美しさを再認識する意 味をも含めて、この曲を作る作業が始った。1994年8月作曲。 (12分) [倉内里仁委嘱] | |
| 古典的喜遊曲 KOTENTEKI KIYUUKYOKU | |
| この曲は古典の手法を基に箏本手の独奏または、 替手との合奏、それに三弦、尺八を加えての合奏と、どの 楽器との組合せも楽しめる様に書かれており、従来の段物 風な性格を持たせてあります。曲の初めは本手のゆっくり した独奏で初まり、この曲全体を通している主題を奏し合奏 の部分から徐々にテンポの盛り上がりを見せていき、やがて 最高潮に達し急激な静まりをとりもどして終わります。1968年作曲。 (8分) | |
| 箏四重奏曲 KOTO SIJUUSOUKYOKU | |
| この曲はちょうど洋楽の弦楽四重奏のように、非常に緊密 な楽器構成で隙がない。全体は切れ目なく演奏されるが、大き くは四つの部分に分けることができる。第一は、まず三面の箏 のピチカットによる美しいテー マで始まります。 即興曲風に展開されることが多い沢井忠夫作品の中ではめずら しい、構成の意図がはっきりしており、各パートがきわめて緊密 に構成された美しい曲です。1973年作曲。 (12分) [小島美子] | |
| 箏によせる変奏曲 KOTONIYOSERUHENSOUKYOKU | |
| 日本的五音音階で書かれたこの変奏曲では、かなり長い前 奏の後に主題が現われるが、この主題そのものが二声的に書 かれているので、それは主題と変奏を兼ねているようにもみ える。しかし実際には次に現われる変奏を?として?までが 、この曲での変奏として構成されていて、主題の再現という おまけ付きになっている。また演奏にはかなり自由な揺れを 持つよう指示されている。1995年12月作曲 [梅岡友紀子委嘱] | |
| 囀り SAEZURI | |
| 闇が去り、赤く染った東の空が次第に黄金色に輝き始める頃、 木々の梢からは鳥達の序曲がながれ始める。そしてその序曲に誘わ れるように空は透明な深さを持って碧への変化を遂げ、その明るさ に鳥達は歓喜を舞う。そんなちょっぴりメルヘン的な情景を想い うかべてみました。明るく楽しい雰囲気に終始したい。 1984年12月作曲。 (7分) | |
| 讃歌 SANKA | |
| 曲全体は、休みなく演奏されるが、中間に緩徐な部分 をはさんで、大きくは三つに分けられる。 第一の部分は比較的叙情的に讃歌が歌われ、第二の部分は 自由なリズムのなかで、そして第三の部分はこまかい音型 が次々に現れる中で独特の音の世界をくり広げている。 讃歌は、自然の美、人間の愛、そして芸術の深さに触れた時 におこり、人の内に昇華され、外に向って溢れて、やがてそ こに夢と詩が生まれる。1978年作曲。 (10分) | |
| 三絲遊奏 SANSHI YUSO | |
| 江戸の頃、琉球より伝わった三線は、その奏法が 解らないまま琵琶法師達によって、いろいろに工夫、改 良され演奏されたという。演奏には始め琵琶の撥が使用 された為、現在の三弦の撥は琵琶のそれと非常によく似 た型をしていて大きい。そして人々の音への求心は尽き ることなく、その様々な感性と相まって優れた楽器、優 れた音楽へと発展してきた。しかしその殆どが語り物及 び歌曲を中心とした発展の仕方であった為、楽器としては もっと開発されていい部分が、まだ多少残っている気がし ないでもない。この曲では合奏群が大きく重い撥のかわり に箏爪を使用している。そして低音の響きと高音の華麗 な音色を同時に得ようとして駒を胴の中央に置き、駒の 外側を通常使用している側の2オクターヴ上に調弦して、 その部分も含めて演奏出来るようにしている。その昔琵琶 の撥ではなく、始めに箏爪が使用されていたとしたら、三 弦は随分違った楽器として現在我々の前に存在しているか もしれない。そんな可笑しい想像が、ふと頭の中を過った。 1991年5月作曲。(9分) | |
| 四季の日々 春の日 夏の日 秋の日 冬の日 | |
| 日本は季節の変化に恵まれた国だ、そしてそこに住む人々 はその四季の移り変りに身も心も順応させて、季節を楽しむ。 たまに季節外れの云々・・・等もあって日常の話題の一つにな ったりもするが、概して春は花の美しさを夏には太陽の明るさ、 また秋には風にのる落葉、そして冬は雪景色の面白さを誰もが心 に綴るに違いない。この組曲では、箏の二重奏によってそれを綴 っていくが、技巧上の一つの工夫として、第一箏での押し手の使 用を避け演奏を容易にし、合奏によって音の変化を楽しめるように した。1986年2月作曲。(各6分) | |
| 誦 SHOU | |
| 器楽曲であるこの三味線の独奏曲に『誦』というタイトルは、 あまり相応しくないかもしれない。『誦』の持つ、となえるとい う意味と楽器を演奏する行為は、一見明らかに異なっているからで ある。しかし私はこれまで、多くの様々な楽器の演奏家に接して (私自身も箏の演奏家であるが)楽器を演奏する者にとって、身 体の深い部分で『誦』は常に演奏と結ばれているような気がして ならない。人によっては内部に於ける『誦』に止まらず実際に声 となって表われてくる場合もあり、『誦』の中にこそ演奏の本質 があるように思うのである。1985年作曲。(10分) [本條秀太郎委嘱] | |
| 情景三章 JOUKEI SANSHOU | |
| この曲では、沢井忠夫は自分の心の中の情景、つまり心象を 表したかったという。各章はそれぞれ、うねり、やすらぎ、慟哭、と いうタイトルを持っているのだが、作曲者はそれを表面に出すよりも、 むしろ曲と演奏そのものから聴く人々が自由に、率直に、直接に、何か を感じ取ってくれることをひそかに願っているようにも思われる。 1969年8月作曲。(13分) [小島美子] | |
| 上弦の曲 JOUGEN NO KYOKU | |
| この曲は古き時代の人々が神秘の月と仰ぎ、それぞれの想い を月に祈ったであろうことを思い巡らせながら書いた曲で、沢井忠 夫合奏団の第一回演奏会で初演された。全体を通じて日本の伝統 楽曲の雰囲気を濃厚に持っている。曲は箏と尺八それぞれの自由 な物言いに始まり、合奏に入る。 一段ごとに高潮した合奏は最後のオスティナートの部分で最高を 迎え、やがて初めの部分を合奏で再現して終わる。1979年5月作曲。(17分) | |
| 調べ三章 箏独奏のための SIRABE SANSHO | |
| この曲はレミラシレミラシレミラシミの調弦に基づいた三つの 小品からなり、初めに2/4と6/8が同時進行する複合リズムを中心とす る第一章。次に自由なリズム、つまり演奏者の呼吸に委ねられた音の 動きの第二章。そして終曲は四音の重なりの持つ重厚な響きを6/8に整 え、活気に満ちた動きの第三章。と夫々に違ったリズム形態を展開して いる。1989年12月作曲。(10分) [榊記弥栄委嘱] | |
| 砂絵 SUNAE | |
| 手にすくった砂が、指の間からかすかな音を響かせてこぼれ落ちる。 何度も何度もすくっては砂をまく。砂の起伏が様々に変化して・・・ 飽かずくり返し、飽かず眺める。そんな遠い日の感触がふと甦って音になった。 1972年3月作曲。(7分) | |
| 石筍 SEKIJUN | |
| 十七弦に始まる導入部が、箏のかさなりを得て主題を構成し自由な 発展を見せていく。“石筍”と表題がついているが、これは石筍を表現 する曲という意味ではなく、石筍の持つ膨大な歴史と自然から与えられ た美への憧れからつけたものである。 石筍・鐘乳洞の中で石灰分を含んだ水がしたたり落ち、何万年もの間にた けのこの様につもりかたまったもので、自然が生んだ美の傑作である。1966年作曲。 (12分) | |
| 装画 尺八・箏・十七弦による SOUGA | |
| この曲は昭和52年7月に、石垣征山・清美夫妻の委嘱によって彼等のジョ イント・リサイタルの為に書いた作品です。題名は、その当時結婚間もな かった彼等二人がこれから築いていく二人の歴史の表紙を飾る画になるこ とが出来れば、という気持から名づけたものです。 曲は二章よりなり尺八二、箏二、十七弦一の編成で演奏され、 尺八は一尺六寸、二尺一寸の高低二本によります。また、アンサンブ ルの面からアドリブ的要素を求める部分もあって、演奏者に音楽性が要 求される作品であると言えるかも知れません。1977年作曲。(17分) [石垣征山・清美夫委嘱] | |
| そう々の調べ 十七弦独奏のための SOUSOU NO SHIRABE | |
| 「そうそう」とは、玉とか金属が触れ合って鳴るさまを意味します。
そこには自然の音楽が生まれる訳ですが、十七弦という楽器には、構造上
、偶然に出来た音の出る部分、つまり音は出るが、普通には音楽上殆ど使
用されない箇所があります。ここではその部分を多用することによって自
然に生まれる音楽、つまり「そうそう」の意味を探ってみました。曲は、
その自然にある音と爪の音、指で弾く音、そしてハーモニックスの音色と
いったものを組み合わせて構成されております。(10分)("そう"漢字は 王偏に倉) 1983年11月11日初演 [黒柳美那子委嘱] |
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| 鷹 TAKA | |
| はなやかに飛翔する曲の感じ「鷹」と名づけられた。 この曲全体の長さからいえば、かなり大きい部分を占める中 間部がとてもロマンチックなので、鷹の勇猛な姿よりも悠々と飛ぶ姿を想像させる。 中間部の後は、最初のテーマの後半の部分を発展させた形になっている。1972年2月作曲。 (7分) [小島美子] | |
| だちゅら DACHURA | |
| だちゅらの花を初めて見たのは鹿児島での或る夏の夕暮れど きだった。薄暗闇の中で辺りの湿った空気に滲んだような白い花は 遠い世界の灯が揺らぐようで一時の現実を私から奪った。1985年12月作曲。 (9分) [箏アンサンブル無限大委嘱] | |
| 戯 TAWARE | |
| 文字道り二挺の三弦が戯れあって旋律を奪い合いながら進行する 曲で、ここでは一般的な地唄で使用される旋律進行を極力避け、 他の三味線音楽に用いられる音の動きに、やや滑稽味をつけて 地唄に少ない軽快さを表そうとしたもの。1984年5月作曲。 [小島たか子委嘱] | |
| 小さな影 CHIISANA KAGE | |
| 影というと何か暗いイメージがつきまとうようですが、私が子供の 頃には遊びのなかに影踏みとか、指でいろんな動物の形などをつくって 、その影を楽しむ影絵遊びがまだ一般に健在でした。現在の慌しい日常生活に 於いて殆んど想い出しもしないこのような昔の遊びも、ふとしたきっかけでほ んのたまに記憶の底から甘く甦ることもあるのです。1985年12月作曲。 | |
| 小さな春 CHIISANA HARU | |
| それぞれが独立した四つの小品からなり、[鳥] [水][夢][花]のタイトルがつけられている。 タイトルから受ける印象とはうらはらに、技巧的には可 成りの難曲で高度のテクニックを奏者に要求している。 小鳥のはなやぎ、ぬるむ水、夢は暁を彷徨し、花は春 爛漫をうたう。心うきたつ春の出来事。1976年作曲。(14分) | |
| 千鳥幻想 CHIDORIGENSOU | |
| 昭和56年 NHK委嘱により、正月放送の為にアレンジされた曲で、 “古典の持つ歴史の重みと風格を現代に生かす試み”というNHKの委嘱 主旨により、吉沢検校作曲「千鳥の曲」を箏と十七弦の二重奏として組み たてられている。十七弦に置きかえられた唄の旋律を含め、殆どが原曲に 近いままおかれているのは、これを経て誰もが古典の良さを味わい、新し い箏音楽の原点を再確認出来るように考慮されているためである。1980年作曲。(10分) | |
| つち人形 TSUCHININGYOU | |
| 愛知県尾西市に伝えられたつち人形、その素朴な形とそれ に施された極 彩色の美しさを箏の音に置き換えてみた。 第T箏、第U箏共に同じ調弦を、また同じ技法を使用して華や かな感じを出している。1972年2月作曲。 (5分) | |
| 翼にのって TSUBASANINOTTE | |
| 人は空に憧れ、鳥のように空を翔けることができたら、 とたわいなく夢みる。 この曲は前作“鳥のように”の姉妹曲で、全体は三つの小曲 からなりそれぞれに“走る”“漂う”“躍る”といったサブタ イトルをもつが、各曲は共通のテーマに従っている。1986年作曲。 (10分) | |
| 連なる TSURANARU | |
| この曲の「連なる」というタイトルは、箏に携わる人々が、 夫々に持っている箏音楽への強い愛情によって互いに手をとり合い、 心を連ねてこの音楽の発展を願う姿勢から名付けたものです。 曲は大きく分けて三つの部分からできていますが、切れめなく演 奏されます。 1979年12月作曲。(12分) [京都の会委嘱] | |
| TSURUKAME | |
| 曲は箏と三弦のゆったりとした掛け合いに始まり、箏と三弦の合奏、
そして三弦独奏、箏独奏、最後に箏と三弦の合奏といった順に進行する。
曲全体の長さに対し、箏と三弦それぞれの独奏部分が比較的長いので、独
奏曲的な性格を持った合奏曲でもある。 題名のTSURUKAMEは日本の伝統的な言葉の中から最も知名度の 高い鶴亀を選んだ。曲の内容とは直接的な関係はないが、一見平凡なよ うでありながら、祝いの表現が見事に凝縮された言葉の面白さにひかれる。1992年作曲。 (12分) [井原潤子委嘱] |
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| デュオ三態 DUO SANTAI | |
| 箏の演奏家は通常、地唄三弦の演奏家も兼ねる。箏と三弦 では同じ撥弦楽器といえども、楽器としての形態及び機能、奏 法等、全く異なっている訳で、その両方をマスターしなけれ ばならないのは、ちょっと不思議に思えるが、これは地唄箏 曲の完成の歴史に依るところであって、お陰で箏曲家は勉強 に忙しい。そしてここにもう一つ、現代箏曲では宮城道雄考 案による、十七弦という低音専用の楽器も演奏しなければな らないはめになりつつある。と言うより、この楽器もなかな か魅力的で、弾きたくなってしまうのである。そこでこの曲 では、この三種の楽器で箏を中心とした組み合わせによる、 第一章、箏と箏によるデュオ、第二章、箏と三弦によるデュオ 、第三章、箏と十七弦によるデュオという三態のデュオを表し てみた。1990年3月作曲。 | |
| 展 TEN | |
| この曲での三面の箏は全部が同じ調弦、同じ音域に統一され ている。また、二面の十七弦は箏のオクターブ下に調弦されてや はりこれも同じ音域を与えられている。 曲は二つの部分から成り、Tは十七弦の静かな漂いに始まるが 、やがて一方の十七弦が刻むDとGの響きを縫って音達の騒め きが、展示され、箏のトレモロの部分を最高潮として、もとの静 けさへと帰って行く、Uは箏と十七弦との掛け合いが全体を支 配しており、Tとは対称的な躍動感に溢れ、はっきりとしたリズ ムの刻みと速いテンポに終始する。 題名の“箏のための展”は五人展というグループ名に因んでい る。1990年作曲。(11分) | |
| 斗為巾 Kのための TO・I・KIN | |
| 日本の箏は13本の弦を持ち、夫々の弦には弾き向かうから数 字と漢字で一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、斗、為、巾 と呼称が付けられている。一から順番に十までいったあとに何是、 斗為巾なのかは知らないが、箏を演奏するとき極めて頻繁に出てく るコロリンという口三味線は、平調子と呼ばれる箏の基本的な調弦 を使用し斗為巾を巾為斗の順で弾いた時に得られる音で、箏といえば コロリンといわれるほど箏を代表する位、一般に知られている。そ こで、この曲では、その巾為斗を多用しモチーフを構成した。但し、 調弦は平調子とは異なった音階の創作的な音階を使用している。 尚、サブタイトルの“Kのための”にあるKは、娘可奈子、KAN AKOのイニシャルに因る。1991年作曲。(8分) | |
| 道化師 DOUKESHI | |
| 尺八、箏、十七弦で華やかにくり広げられるリズムの綾取り、 中間部にうねる頽廃的でもの悲しい旋律──生きるという事の中で 誰もがふと垣間見る自分自身、その中に道化師は住んでいる。 1958年作曲。(6分) | |
| 動と静の影 DOU TO SEI NO KAGE | |
| ここでは絶えず躍動する活々とした動と、しっとりと落ち着いた雰囲気を持つ静を対称させている。動の方は箏の二重奏的な要素を持っていて、三弦は、影に回って全体のリズムを支える役割をしているが、静の方では三弦の地唄的な雰囲気が主になっている。 1959年作曲。 (10分) | |
| 鳥のように TORINOYOUNI | |
| 鳥のように大空を翔けることが出来たら・・・とい う夢は誰もが持っている。それは普段、意識の底に眠っ ているが、何かのきっかけで時折目覚める。例えば、憧 れの時、よろこびの時、それは心を満たし、大空を漂う 。鳥のように。1985年1月作曲。(9分) | |
| 鳴き砂よ・・・ ヴァイオリンと箏のための NAKISUNAYO | |
| 「丹後の国、琴曳浜は、ひとはまのこらず、砂紫白にして、琴曳 の砂ともいう。はなはだ清浄明白なり。この砂中を歩くに、自然とし て琴の音あり。雨後はひとしお調子高し。予が知れる人に琴を愛せる人 あり。此處に至ってみづからこころむるに、まことにあざやかなり。十 三の調子音律ともに分ると。またある人、ここの砂を大に求め得て、手 前に敷こころむるに、會て琴の音なし」以上は、今から二百年前、近江 国の名石家、木内小繁著による「雲根志」にある文章で、昨年私が三輪 茂雄氏の書かれた「鳴き砂幻想」を読んだ折出会ったものです。私達、 箏に慣れ親しんでいるものにとって、この文章にあるように“自然と して琴の音あり”とか“琴を愛せる人あり”等のような文字にぶつか ると、急に目が覚めたようになり、その文字が身体中を駆け巡り、や がてそれは深い部分に沈殿するのですが、何かの折にふっと浮びあが って、その折々の心に結びつき私情を誘うのです。例えば鳴き砂が琴 を奏でるように、美しく。1983年作曲。 (10分) | |
| 夏色の風景 NATSUIRO NO FUKEI | |
| [みどり] 風の中で、木々の緑はいよいよ深さを増し、揺らぎ、躍る、
眩い光の中に立ち登る蝉の声は夏への讃歌。 [川面] 闇の川面に漂う無数の灯りは、遠い日に見た灯籠流し、人間 の優しさが瞬く夢幻の時。 [花火] 人々の憧れにも似た華が夜空を染める、絶間なく煌めく華を 浴びて心が躍る。1991年作曲。(12分) |
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| 日本の三つの唄 さくらさくら・数え唄・お江戸日本橋 | |
| 日本の代表的な3つの唄をメドレーにしてあるが、1曲づつ独立して演奏出来る様にそれぞれが短かい変奏曲になっている。テンポは特に指定されていないが、序破急の形をとるのが望ましい。1971年5月作曲。(6分) | |
| 華 HANA | |
| 題名の「華」が表しておりますように、作品全体が華やかな雰囲気で終 始するといったもので、一貫して明るさに溢れております。 技法的にはかなり難しいと言えるかもしれません。途中にある拍節 感の無い、箏と尺八の対話といった部分や、かなり無理とも言える転調を敢 えて採り入れていることが、この曲に、より一層華やかな雰囲気を与えてい るのではないかと思います。1976年6月作曲。(11分) [倉内里仁委嘱] | |
| 花筏 HANAIKADA | |
| 花筏というきわめて日本的な題材を率直に表現しようとした曲で、 花の散る情景に始まり、それが清流に乗って弧を描き、流れるさまを音 で綴っている。1968年1月作曲。(5分) | |
| 華になる 十七弦独奏のために HANA NI NARU | |
| 宮城道雄の考案により誕生した十七弦も約70年の歴史を持ち、当初の低音補充用という意図をはるかに越え、最近では独奏楽器としての活躍がめざましい。勿論こゝに至る課程には、演奏家、作曲家、それに楽器を制作する人々の大きな努力があったからこそではあるが、十七弦の持つ音の重厚さ力強さ、また余韻のながさといった大きな魅力は、これからも人々の心を捉えて放さないだろう。そして今、十七弦は日本音楽界の華になりつゝあるように思える。1988年12月作曲 (9分) [沢井箏曲院10周年記念曲] | |
| 翔き HABATAKI | |
| 箏に魅せられ、それを愛し、今その音楽を携えアメリカ へ羽ばたいていったリザ、そしてそれを優しく暖かく支える ジョンの大きな愛。この曲はジョンとリザに贈る愛の歌です。1990年作曲。(12分) | |
| 春の如く HARU NO GOTOKU | |
| 四季のうちで“春”という名称は、他の夏、秋、冬に 比較して単に季節を指すだけでなく、非常に多くの意味を 持っていて、日常多用されます。例えば幸運、栄華、若さ、 楽しさ、等々、また、厳しい冬の寒さから解放された喜び を象徴する明るさ、希望等を表現しようとした時、特に好 んで用いられます。“春”について、そんな事を考えてい るうちに、今回のこの曲が、春の如き二重奏になれば・・ ・と思うようになりました。1981年作曲。(9分) | |
| 光る海 HIKARUUMI | |
| 海は様々の光を持っている。朝の光、夕映えの光、夏の太 陽をいっぱいに受けてギラギラと反射する光、等・・・海の広 大な豊かさと、その多彩な光は詩情をさそう。“光”と“海”と いう課題の中から演奏者自身が求め表現していく「光る海」であ りたい。1968年7月作曲。(7分) | |
| 百花譜 HYAKKAFU HYAKKAFU | |
| 岩堀敬子さんのリサイタルの為に書いた曲で、1983年1月20 日に京都で初演されました。春、夏、秋、冬、の四つの部分か ら成りますが、全体は切れ目なく演奏されます。百花繚乱に始ま る春の部分は箏と十七弦の変拍子を含んだ音達のせめぎあいに、 めくるめく色彩を求め、夏に移ります。この曲の場合の夏と、後 に出てくる冬は私の中の特定の情景によって書かれております。 以前、私の家に一本の泰山木がありましたが、そのボッタリと肉 厚い、大きな白い花が、蒸し暑い夏の夕ぐれの中で、けだるいよ うな芳香を漂よわせ、眩い夏とは違った、もう一つの夏を私に語っ てくれました。この夏は、そのもう一つの夏です。日本人にとって 秋は、格別音楽的、絵画的な季節のように私には思えます。虫の 声々も紅葉の錦も我々にとっては、心の琴線を震わす、音楽であ り、絵画でもあるのです。そしてここではその日本的な秋の美を 求めます。そして冬は、─過ぎた情景が私の中に浮かびます。 その時、庭に寒椿が咲いていました、羽毛のような雪が、その白 さと軽やかさで、むしろ暖かささえ装いながら、濃い緑の葉と、 紅い花びらに降り積もっていきました。一面の白い世界の中で、 僅かにのぞいた深紅は生命の強さを叫ぶように燃えていました。1983年作曲。 | |
| ファンタジア FANTASIA | |
| 独奏箏と箏群による一種の室内協奏曲で、各パートはきわ めて伝統的、古典的なモチーフとテクニックを多く用いている。 全体は大きく3つに分けられる。第1の部分は、独奏箏のこまか い音型がきらめくアレグレットの部分、第2の部分は、3/4拍 子で展開されるレント、第3の部分は、最初のモチーフの展開 と独奏箏のカデンツァ、それに続くコーダで華やか重なりを くりひろげて曲は終止する。1970年作曲。(15分) | |
| 二つの群のために FUTATU NO GUN NO TAMENI | |
| 1976年、沢井忠夫・一恵、大阪、福岡連続ジョイントリサイ タルのために書かれた曲で、箏と十七弦のそれぞれのソリストを 中心に、箏群と十七弦群の二つの群による対比、交差及び融合を 扱った作品で、第一章と第二章に於いては意識的に箏の伝統的な 手法及び音型を避け、楽器という素材から生まれる現代の息遣いを さぐっている。しかし第三章に入ると、ここでは先の息遣いに加え て伝統的な音型、手法を多用して、伝統音楽の現代での発展を実験 的に試みている。1976年作曲。(17分) | |
| 二つの変奏曲 さくらと荒城の月のテーマによる | |
| 日本の代表的な曲である“さくらさくら”と“荒城の月” は、ここでは短いイントロダクションを伴って、いきなり第1の ヴァリエーションに入っていく。“さくらさくら”は5つのヴァ リエーションにより構成され一応独立した形をとっているが、 演奏者の好みにより、続く“荒城の月”とのメドレーとして扱っ てもよい。“荒城の月”は3つのヴァリエーションをもってい るが、コーダにはヴァリエーションUの後半が再現される。1971年作曲。 (9分) | |
| 火垂る HOTARU | |
| 何年か前、私は野坂昭如氏の「火垂るの墓」という小節に接し た。物語は、終戦の年に栄養失調で死んだ当時中学三年生の浮浪児 とその妹の死までを氏の原体験をもとに描かれた短編で、「空襲の 焔に焼かれ、幼い妹と二人防空壕の横穴で、灯りがわりに蛍を捕ま えて蚊張に入れ、かろうじて生きて行く生活。次第に痩せおとろえ 、やがて死ぬ妹。彼は妹の屍体を焼くが、火が燃え尽きたとき、ま わりに夥しい蛍が群れる。そして彼は妹がこの蛍と一緒に天国への ぼるのだと思う。」というのがこの物語のあらすじだが、私は氏の 独特の文体と、そこにあるおぞましい程の情景の中に流れる一筋の 美しさに突き上げる様な感動を覚え、作曲したものである。だが曲 自体は、物語のあらすじとは切り離したもので、私の感動の流露と しての覚え書きであることを記しておく。1980年作曲。(10分) [沢井一恵委嘱] | |
| 火垂るU HOTARUU | |
| 何年か前、私は野坂昭如氏の「火垂るの墓」という小節に接
した。物語は、終戦の年に栄養失調で死んだ当時中学三年の浮浪児
と、その妹の死までを氏の原体験をもとに描かれた短編で、「空襲
の焔に焼かれ、幼い妹と二人防空壕の横穴で、灯りがわりに蛍を捕
まえて蚊帳に入れ、かろうじて生きて行く生活。次第に痩せおとろえ
、やがて死ぬ妹。彼は妹の屍体を焼くが、火が燃え尽きたとき、まわ
りに夥しい蛍が群れる。そして彼は妹がこの蛍と一緒に天国へのぼる
のだと思う。」というのがこの物語のあらすじだが、私は氏の独特の
文体と、そこにあるおぞましい程の情景の中に流れる一筋の美しさに
、突き上げる様な感動を覚え、いつかこの”火垂る”という題を自分
の作品の上に置きたいと思っていた。 此の度の“火垂る〜U〜(箏独奏の為に)”は、作曲中前作の十七弦の 為に書いた“火垂る”の余韻が私の裡から終始離れず、その為同じタイ トルを附けるにいたった。この二つの作品は物語のあらすじとは切り離 したもので、私の感知の流露としての覚え書きであることを記しておく。 1980年3月作曲。(11分)[石垣清美委嘱] |
|
| 焔 HOMURA | |
| 誕生以来、大合奏の片隅で低音の補充役を務めてきた十七弦も、 ここ数年の内に室内楽的なアンサンブルへ、また独奏へと進出してきた。 それに従って低音楽器としての音色をより充実させる為の楽器改良も 進みつつある現在、少し前までの低い音がただ鳴っているというもの から脱して、箏に準じた、否、或る意味からは箏以上の音楽的表現が 十七弦に求められる時代が来ていると言えるのではないだろうか。勿 論それは(音楽的表現をより深く追求するという点では)奏者のうえ にも同じ事がいえ、作曲家にもそれを求め、聴衆の理解と応援のもと に十七弦という楽器の可能性をもっと掘り下げていけると確信している。 余談ではあるが、学生時代、男性ということで、いつも大合奏の隅の十 七弦を弾かされながら「卒業したら絶対に十七弦など弾かないぞ!」と 十七弦嫌いを誓った私も、最近、時には十七弦もさわってみたいという 、心境の変化というか、最近の十七弦の魅力にひかれるというかそんな 想いが私の裡に涌いてきます。 箏群の騒めきの中に十七弦の生命がどのように溶け込み、どのように 燃え上がるかを私自身確かめたい気持ちから附けたタイトルです。 1979年作曲。("ほむら"の字は 火偏に つつみ構えに 臼) | |
| 曼珠沙華 MANJUSHAKA | |
| 曼珠沙華は一般にはヒガンバナの別称として知られているが、 本来は仏教の専門語で、天上に咲く架空の花を意味している。しか し地上に咲く曼珠沙華も、天上の架空の花に劣らず美しく、群生して野を焦がす。 また手にとればその細い花弁の紅は、人の心の息づきのように熱い。1986年2月作曲。 (9分) [田中洋子委嘱] | |
| 水の声 MIZU NO KOE | |
| 箏のハーモニックスによる序奏は次第に十七弦を触発し、 十七弦のアドリブ的な奏法と絡んで偶然性の音楽が展示される。 やがて箏の奏法の変化にともなって互いの音色を誇示する掛け合い 風なやりとりへと移っていく。こうして確かめ合わされた音色はや がて一気に合流し、左手によって無調音の連打が執拗に繰り返さ れ爆発的なエネルギーを噴出させて終る。1982年1月作曲。 (9分) [福永千恵子委嘱] | |
| 三つのパラフレーズ MITTSU NOPARAFUREIZU | |
| 第一章「組歌による」 本来の箏曲における“組歌”。現代の目か
らはきわめて地味で唄の伴奏的な役割をなす単純な音型の箏の手法をモ
チーフとし、瞬間的転調と移調により、古典の響きを多角的に屈折させ
つつ、前面に押し出している。 第二章「楽の手による」 おおらかにして優雅な“楽”の手を五段に まとめ、五段変容ともいえる小曲。 第三章「輪舌による」 段物の中でもとくに力強さと華やかさを持つ 輪舌から、“掻手”と“すくい爪”のテクニックを現代的に発展させた楽章。 1973年作曲。(14分) [NHK依嘱] |
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| 南の風、東の風 MINAMI NO KAZE HIGASHI NO KAZE | |
| 三味線音楽には非常に多くのジャンルが有り、夫々が微妙に異なる楽器の音色を特 徴としながらも、それらは唄の伴奏に終止して、楽器自体を生かす器楽曲があまり作 られていないのは、三弦の楽器としての性能を考えた時非常に残念に思える。それで も近年、何人かの演奏家や作曲家の努力により、三弦の器楽曲も顔を出し始め、 その器楽性が大きく評価されてはいるが、その数はまだまだ少ない。 また元祖?沖縄の場合も同じであり、楽器の性能に於いては、やはり追求が遅れて いるようだ。そこで敢えて沖縄をも題材に含め、第一章「南の風」とした。これは撥 を使用せず、指だけで演奏するよう試みている。第二章「東の風」は撥を使用し通常 の演奏法に寄っている。1992年4月作曲。(10分) 東京芸術大学 生田流卒業生「森の会」委嘱作品 | |
| 水面 MIZUMO | |
| この曲は初め「二面の箏の為の練習曲」として書かれた ものであるが、のちにこの表題が用いられるようになった。 この曲の持っている旋律やリズムを水面に騒ぐ波紋や光の反射に重 ねてえがくのも一興であろう。1957年6月作曲。(7分) | |
| MOVEMENT 十七弦独奏のための | |
| 独奏楽器としての地位を確立しつつある十七弦の活躍は最近、 とみに盛んになってきましたが、十七弦を主にした作品は数のうえ ではまだまだ少ないようです。また十七弦の持ち味というか、音の 重厚さ、深さ、それと弦の太さからもくるテクニックの難渋さと いったものから十七弦の音楽が片寄りがちになるような気もします 。この曲ではそういった観念を取り払って書いてみました。休符を一 つも持たず、出来るだけ速い演奏を、ということを頭に置いています 。1983年9月作曲。(7分) [石垣清美委嘱] | |
| 六ッの詩 〜森によせて〜 MUTSU NO UTA | |
| 常日頃、六ッ森さんの音楽に対する熱意と意欲には心から尊 敬の念を抱いてきましたが、彼女のその想いが遂に堰を切って溢れ、 今日の時を迎えられたことを心から喜んでおります。今日に至るま での幾度ものリサイタルや演奏活動の経験が、この大きな節目で彼 女の音楽をいっそう大きく飛躍させることを思うと、私も私の心が はやるのを抑えることが出来ません。今回の委嘱作品は、そのはや る気持ちで書き上げました。 曲はこのリサイタルの記念の意味も含めて、彼女の名前に因み“ 六ッの詩〜森によせて”と題しました。「森」、その時として変 化に満ちた表情の中から六ッのそれを選び、それぞれに“朝”“ 霧の中”“子守唄”“風”“こもれび”“緑よ”といったタイト ルをつけて、六ッの小曲からなる十七弦の独奏組曲として完成さ れたものです。 今日の初演で彼女が一つ一つの曲にどのような音楽的表情を見せ てくれるかを楽しみにしております。1995年作曲。 (15分) [六ッ森恵子委嘱] | |
| めぐり めぐる MEGURI MEGURU | |
| 十七弦は近年ソロ楽器としての機能を発揮して注目を あびている楽器ではあるが、この楽器での二重奏曲はまだま だ少ない。それはこの楽器によって低音どうしのぶつかり合 いからは美しい響きを創ることが難しいし、それに爪が弦に 触れる時に派生する不用なノイズも楽器が二面になればそれ だけ倍増する。そういったことを巧く解決するのが困難であ るというところに作曲への迷いが集中するからかもしれない 。私もそういった事実を頭に置いて、この曲を書いたつもり ではあるが、実際には、それをクリアするまでには至らなか った。結果的にこの曲は私なりの、この楽器への理解度の範 囲内で完成されている。タイトルが“めぐりめぐる”は第一 章に於いて四小節を単位とする和音の進行が24回に渡って繰り 返されることによる。1991年作曲。(11分) [藤本瞳委嘱] | |
| 文字絵 尺八・箏・十七弦よる MOJIE | |
| この曲は初演されたのが、今から七年位前で、名古屋のNH
Kから放送による初演だったように記憶しております。かなり前の
事なのでこの曲を書いた動機等、はっきりとは覚えていませんが、
最初箏と十七弦の二重奏曲として書き初めたつもりが、書き終わっ
た時には、何時の間にか尺八が加わっていたという変わった書き方
だった記憶があります。 容はその時点ではエッセイ風な作品というつもりで、タイトルに も“尺八・箏・十七弦によるエッセイ”と附けておりましたが、今 回再演にあたり少し書き直し、タイトルも“尺八・箏・十七弦によ る文字絵”と改めました。文字絵というタイトルからは様々な鑑 賞のイメージも湧き、自由な鑑賞の仕方を望んでいるのですが、或 るいは、現代書道の展示会の中に自分を置いたつもりで聴くのも一 つの面白い方法かもしれません。 実はこのヒントは昨年の秋ヨーロッパの演奏旅行した際、パリのソ ルボンヌ教会で書道の展示会を見たことにあって、“文字絵”とい うタイトルを附けた動機もそこにあります。 (6分) [小島たか子委嘱] |
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| 物は尽くし MONOWAZUKUSHI | |
| 歌詞を梁塵秘紗より選び、題名の「物は尽くし」は、 心の澄むものは、
何々・・・、という物は尽くしの形式によっている。全体は古典風な三弦の
弾き唄いを軸に、十七弦が現代的な奏法でそれを支える。そして一唄ごとの後
では十七弦のインプロヴィゼーションの誘導に感応しながら三弦が音の選びを
展開する。解放された遊び心をふんだんに取り入れ、インプロヴィゼーションの
スリルと緊張を味わおうという意図を持たせた作品。1988年11月作曲。 (13分) [中野幹子委嘱] 心の澄むものは 秋の山田の庵毎に 鹿驚かすてふ 引板の声 衣しで打つ槌の音 常に恋するは 空には織姫流星 野辺には山鳥 秋は鹿 流れの君達冬は鴛鴦 |
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| 矢車 YAGURUMA | |
| 5月の或る日、晴れた空に様々な矢車のアニメーションをえ がいてみた。遠い日に聞いた矢車の音、現れては消える影と色 彩の洪水・・・・。半音階的進行と日本音階を併用することに よってひろがりを、また、各パートにsoloをおくことによって 立体的な効果をねらった。1967年5月作曲。(12分) | |
| 雪ものがたり YUKIMONOGATARI | |
| 子供のための舞踊組曲として書かれたものである。1.情景 2.踊り 3.子守りうた 4.夢 5.吹雪 後に板倉要氏の作による物語が寄せられ、音楽の展開に従って、 これを朗読しながら演奏する事もある。1954年12月作曲。(岸田今日子脚色) | |
| ゆれる秋 YURERUAKI | |
| 歌をともなった曲を、と依頼され、様々な詩に出会い、 こみあげる感動に揺られながらも作曲に踏み切れずにいた或 る日、京都の或るホールの楽屋でモニターから流れるこの詩 に出会ったのです。そしてその時私の裡で鳴った箏の音で、こ の曲の最初の部分を構成しました。途中音楽的処理の為、あて読 みをした部分が数個所あります。1979年10月作曲。 (9分) [和田泰子委嘱] | |
| 甦る五つの歌 YOMIGAERU ITSUTSU NO UTA | |
| 心が走る 心が走る 目的に向かって 心が走る ヒカッタナニカ 僕の中の何かが 心だ 心がはれつする アブナイ! くもっている くもっている ただ一つの色 たった一つの色で きれいに悲しんで 広がっていったあの雲たち 今はどこに 星が消える 星が流れていってしまう 目の中から 一つ 又一つ 消えてゆく 貴女がそこにいます 僕はみつめます そして貴女は ・・・ ソッポを向きます 静かだ 静かすぎる 暗い まっくらだ 淋しい 淋しすぎる だめだ だめだ このままでは心が止まる 以上の詩は私の長男光が十三歳の時に書き散らしたもの を、私が記録しておいたものです。精神的にも肉体的に も不安定な少年期の感情が熱い色彩をおびて押し寄せて くるようで、これを読んだ時の私の中には、自分自身の 少年期が一度に甦って来るような気がしました。 1979年作曲。 |
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| 螺鈿 RADEN | |
| 一章 種々の螺鈿細工の趣、面白さを変拍子やテーマの瞬間的転調等で
楽しみ全体をロンド風にまとめた。 二章 光線によって変化する貝殻の美しさをゆったりと歌う様なテー マとそのヴァリエーションで表現しようと試みた。 あの夢のように美しい貝がらの光沢が光線の角度でいろいろの 美しさを 表わすラデン細工(螺鈿)その異なった美しさ を拍子と旋律で表わした。 1960年作曲。 |
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| 濫 R A N | |
| 私は本来演奏家だから、作品を書くとどうしても“手” が多くなってしまう傾向がある。勿論演奏家としては演奏の 場で一音、一音とのめり込んでその音の持つ力と深いもの言い を紡ぐことには例えようのない精神的な喜びを覚えたりするの が、一方楽器を可能な限り鳴らしたい欲望も常に私の中にあっ て、それが時々頭を出したがる。 この曲はその潜在的な欲望を楽器の機能に甘えながら綴った もので、題名の“濫”は音の氾濫を意味する。1986年3月作曲 (10分) [本條秀太郎委嘱] | |
| 六花幻想 RIKKAGENSOU | |
| 六花、それは降るというより舞うという表現が相応しい雪。 毛羽のように、また小さな花びらのように、舞いおり、舞い上が る。それは見る人の心をうつして嬉しくもあり、哀しくもある。 1987年12月に、ふと思いついたように書いた曲で、気の向くま まに綴ったとでも言おうか、幻想の雪を心で弄ぶ時のやすらぎに等しい。 1987年作曲。(9分) | |
| 連山 RENZAN | |
| 尺八は、その響きを大自然と一体化させるような神秘さを持っ ている。その音は山々の狭間にた靡く霞と化し、木々を吹きぬける 風となって私達の心の琴線を奏でるようである。 この曲は、私の実兄である故沢井三山の勧めによって書 いたもので、父の「晴山」と兄の「三山」の二つの山が、 我が家にあったところから題名を『連山』としたものである。1971年5月作曲。(10分) | |
| 若葉に WAKABANI | |
| 萌える若葉のみどり、眩い光の中で新しい季節への 希望に満ち、大地の鼓動を聞く。1987年12月作曲。(7分) | |